また、帰省がてらに横断旅行

太平洋沿いを自転車で、日本海側を電車で帰省したら今度は紀伊半島と四国を経由して南海道を帰るしかないということで、変則的なルートで旅。
普通、まっすぐ飛行機で帰るよな…(笑)。

1日目 1998年12月25日

この日はGO WEST!ということで静岡と豊橋を1時間散策した以外はほとんど電車へ。8時に家を出て名古屋に着いたのは15時半頃だった。

2日目 1998年12月26日

名古屋で年賀状を書いていたので大寝坊し(笑)、朝は11時に出発。
昨年に出雲大社に行ったのならば今年は伊勢神宮へ。
内宮と外宮からなる神宮は実はきちんと見せてくれないというケチっぷりだが、全国に神宮は多いといえども、正式に「神宮」と呼ぶのはここ伊勢神宮だけだという。
昔から一生に一度はお伊勢参りというだけあって、お守りなんかを購入しても「よく参られました」と声をかけられる。
なんとも特別な神宮である。
 


実は普段はきちんと中を見られない伊勢神宮

寝坊した日だったのであとは和歌山に行くだけだが、この街は和歌山駅周辺と和歌山市駅周辺に分散しているからただでさえ小さな都市なのにさらに集積度が減ってしまっているようである。

3日目 1998年12月27日

和歌山から徳島まで高速フェリーに乗ったが、1時間で徳島到着。


高速フェリーでひとっ飛び?

ひょうたん型の中州上にあるため、ひょうたん島と呼ばれる徳島を2時間ぐらい散策。小さな都市だが水の都でいいところに思えた。
 


ビミョーに故郷の宮崎に似ている徳島駅前

その後は瀬戸大橋を渡り、岡山の児島のほうへ行ってからまた高松にバック。
高松は2.7㎞ものアーケードを有すそれなりの大都市。
まあ、とにもかくにもここではうどんをすするが勝ちですな!何回うどん食べただろう(笑)。

4日目 1997年12月28日

こんぴらさん参りへ。
がんばって上まで登りましたよ(ぜいぜい)。
とはいえ、この頃は体力があったので785段の階段はきつくなかったと記載しておりますがな…(笑)。
途中にお土産屋さんもたくさんあって風情がありましたなあ…。


どこまで行ってもだんだんだんだん!
 


讃岐平野に讃岐富士にため池まで見えてサイコーっす

大歩危小歩危を横目に走り、昼頃に高知に到着。
2時間半ぐらい街中を散策。
日曜日なので市が立っていて活気があった。
はりまや橋は…(沈黙)。
時間の関係で桂浜には行けませんでした。


山内一豊ゆかりの高知城

高知にいたと思ったら今度は松山に向けてバス旅です。
とはいえ、80分で着いちゃうんですな…。


仁淀川沿いを走ります

松山に着いて、夕方の松山を一通り散策した後に松山に帰省していた友人のA氏と数日ぶりに再会。
A氏の家で夕ご飯をごちそうになってから、何故か松山市街に繰り出してナンパをするも失敗(笑)。
朝の5時にA氏の友人に20㎞も離れた港まで送ってもらい世話になった(俺も無茶なこと頼むよな~)。


夜の松山市街

5日目 1997年12月29日

船は朝の6時に松山を出て、10時に大分に着く。
そのまま南下して宮崎に帰ればいいのに何故か福岡方面へ(笑)。
湯布院にて2時間ほど散策するが、何でここが全国的に人気あるのかさっぱりわからず…。


年末だからか湯布院は混雑しておりました

日田では雨が降ってきてちょっと大変だったが、街を練り歩きましたよ…。
だって、日田って一度来てみたかったんだもん。


温泉街にして九州の小京都と呼ばれる日田

その後はまた博多へ行き、キャナルシティーなどを散策。


宮崎に住む少年にはすごいところに思えていたキャナルシティー

6日目 1997年12月30日

この日は最終日。
って、もうバリバリ年末やねん!


大濠公園

学問の神様の太宰府天満宮に行くが、別に勉強もろくにしていない大学生の身(笑)。お願いすることなんてなんもなかったですなぁ~。
 


大宰府天満宮は雨でした

大宰府→久留米→佐賀→柳川と1時間程度ずつ散策したが、途中ですっかり晴れ上がっていた。


柳川下りの様子

柳川からは熊本へ行き、久々の熊本を散策してから宮崎への帰途へとついた。